千葉県川津漁港で行われた「浦仕舞/浦じまい」。
この過程で立ち現れた民俗「浦仕舞」が、二重の意味で自衛隊がらみであるということに、妙な皮肉を感じる。

まず「浦仕舞」とは。
検索をしてみると、「浦仕舞」もまた、ネット上には情報が極貧な、
の一つであるらしい。やたら情報が少ない。

●「浦仕舞」の由来は?
検索からわかる範囲では、「浦仕舞/浦じまい」は、江戸時代の海運業界の用語であったらしい。
江戸時代に海運(北海道から沖縄まで、船ではるばる商品を運ぶ)が盛んになり、それに伴って、海難事故が激増。事故の処理をするために、「かくかくしかじかの手続きを持って一段落とする」ような定めができた。そのお定まりの一連の手続きを「浦仕舞」と称したらしい。
石巻若宮丸漂流民の会 第1回例会報告
公開講座『近世の海難をめぐる諸問題』 斎藤善之氏(東北学院大学)
・戦国時代のおわりに、海難処理をまとめた慣習法例集「廻船式目(かいせんしきもく)」ができた。
・そして豊臣秀吉が「廻船式目」をふまえて「海路諸法度(かいろしょはっと)」を制定。
・「廻船式目」のお定めは、江戸時代に入っても海運業界で慣習的に用いられる。
・海難処理は「浦仕舞(うらじまい)」と呼ばれる。荷主や船主の代理人が事故現場に赴き、事故の原因や状況を調べ、残った荷物や船具の処分、救助・連絡にかかった諸経費のお片づけを行う。
・さいごに地元の役人が「浦証文(うらしょうもん)」という事故証明書を書いて、事故処理が完了する。
「浦仕舞」は海運業界の用語であり、「漁業」限定でも、関東・川津の地域限定でもない。
「浦仕舞」は関西でも行われている。
和田岬砲台から中央市場付近 散歩コース
新川運河開削に情熱を捧げた神田兵右衛門の功績を讃える石碑が、神戸市兵庫区の和田神社にある。
その碑文の書き下し文:
官に請うて、瀕海(海辺)の地一満有余坪を得、諸街(緒町)に分配し以って共有財産と為す。凡そ埠頭(はとば)の地船舶の遭難発する者あれば害の大小、貨の多寡に準じ費金を課賦し、俗に浦仕舞と呼ぶ。これ他人の禍難を利するなり。
ごめん、意味が読めないよ。古文赤点だったんだ。

浦仕舞は海運に携わる者たちへの補償・福祉の意味があった。と読めるのか、それとも
浦仕舞は事故を起こしたものから罰金を取って儲けた。と読めるのか、
これどっちだべ?
... 「浦仕舞」の自衛隊的解釈は・・・

「浦仕舞/浦仕舞い」。
「うらしまい」と濁らない発音のほうが主であるらしい。
「川と環境を識る言葉」 Bonsite
うらしまい[浦仕舞]
江戸時代、船が海難にあった場合の後始末。
河川を使用する権利、許諾申請
毎日新聞は「浦終い/うらじまい」と表記している。ほかに「浦じまい/浦終まい」・・・いずれも間違いというわけではなく、当て字など、バリエーションの範疇だろう。
もしや、「浦始末/うらしまつ」という表現もありなのではないかと思い検索をかけてみると、あんのじょう、江戸時代の文献に「浦始末」の表記を用いているものも、存在するわけで。
御用船「稲福丸(いなふくまる)」海難記録
江戸時代、廻船が難破した時、その状況、積荷などを調べた現地の「浦(港)役人」が、難破船の船頭に「浦始末」が終わったことを書いた書類を渡す。
・浦手形
江戸時代、難破した廻船の船頭に、港の役人が発行した海難証明書。
海難に合った事情、荷物の種類・数量、船具などの目録。
海損に対する保障額をきめるための重要な証明書になる。
海運業界における事故の始末。仕舞い。
まあ、全国を股にかける方言バラバラ混在しまくりの海運業界だ。「浦仕舞」でも「浦始末」でも、だいたいお互いに何を言っているのか「通じりゃOK」の実用符丁だったろう。
『近世の海難をめぐる諸問題』 斎藤善之氏
海難によって失った荷や船の賠償:「船損荷損(ふなぞんにぞん)」といわれ、積荷は荷主の損、船は船主の損を負担することになっていた。この他にも時化で「打荷(うちに−海難を避けるために、積荷を海中投棄すること)」し、それにより他の荷物が助かった場合は、損害全体を荷主全体で分担する賠償のしかたもあった。小西酒造株式会社 FujiyamaNET 酒造の古文書
┗江戸時代に、「難船(難破船事故)」の際にやりとりされた「浦仕舞」関係書類の数々。
船が事故れば損害はでかい。
手形(書類手続き)や補償など、事故を始末するための段取りがいろいろ取り決められていた。
「浦仕舞」が指すものからは、ローカルな漁船の事故とはほど遠い、浦々を股にかける「海運豪商」の世界が見えてくる。

●今回の報道にみられる表現を見てみる。
毎日新聞:「川津港では捜索打ち切りの儀式「浦終(うらじま)い」が行われ、集まった僚船の漁師らは涙を流した。」「外記(げき)栄太郎組合長(79)は「生存の可能性は99.9%ないだろう。一定の時期で気持ちの整理をしないといけない」と話した。」
時事通信:「川津漁港では午前9時半ごろ、海難事故の気持ちの整理を付ける伝統行事「浦仕舞」が行われた。」
時事通信:「川津漁港では、海難事故の気持ちの整理を付ける慣習行事「浦仕舞」が行われた。」
スポニチ:「地元の川津港では、事故から1週間を節目に船が海難に遭った場合の後始末を意味する「浦仕舞」を行い、海に向かってお経を唱える予定。 」

毎日は、「捜索打ち切りの儀式」であるとしている。
時事通信は、「海難事故の気持ちの整理を付けるための行事」だとしている。
スポニチは、「海難事故の後始末」と表現している。
スポニチは、江戸時代を含む「浦仕舞」についての由来を調べてから書いたのかもしれない。
漁村における「浦仕舞」は、同じ呼称を用いてはいるけれど、江戸時代の海運で使われた「浦仕舞」が指すものとは中身は同じではない。
漁村における「浦仕舞」は、補償を済ませて手打ちだよ的、汎用の法的段取りではなく、地域内限定というか、運命共同体の中の「仕方がないお約束」のような意味合いが強いように思われる。
イタコ一枚下は地獄。
漁に出る。それはすなわち、ほかの船も漁に出る「かきいれどき」であるわけだ。
漁に出て事故に遭う。それはすなわちほかの船が「かきいれどき」の漁をさしおいて、捜索・救命にあたることを意味する。
事故はかきいれどきに起きる。
事故のためにみなが漁を後回しにすると、地域全体の暮らしに多大な影響が出てしまう、皆が飢えてしまう。
テレ朝系ANN:
漁協では、今後も天候の悪化が予想されることや、吉清さんの家族から「これ以上、迷惑をかけられない」という要望もあることから、仲間の船による捜索の打ち切りを決めました。25日はこの後、地元の人が総出で「浦終い(うらじまい)」と呼ばれる行事を開き、2人の無事を祈るということです。
読売新聞:
同漁協では、悪天候の日を除き、計50隻余の漁船を捜索にあたらせてきたが、操業停止は家計を直撃し、市内の鮮魚店で魚が品薄になるなど地元にも影響が出始めていた。しかし、「二人のことを思うと、まだ漁をする気にならない」と話す漁師も多く、まさに苦渋の決断だ。
漁村は、イタコ一枚下は地獄であり、操業中に何かあったときは「いつまでも行方がわからなくなる」生業(なりわい)の上に成立している共同体だ。
生死のわからない、けじめの付かない悲劇を、覚悟して生きる共同体。そして、けじめの付かない悲劇にけじめを付けて日常の業務に復帰しなければ、共同体が危機に陥る世界。
葬式で行う「初七日」と同様に、段階を踏んで、当事者が自ら、自分の気持ちに自分で手をくだす。
そういう段取りが、漁村にはしっかり成立してきやすい。
決別をする。
その凛とした姿が、段取りが、このたび全国に向けて放送なされた。
漁村では、この七日目に行う祭祀を、もとは「浦仕舞」ではない、別の名で呼んでいたのではないかと思う。おそらく、江戸時代に海運で流布した「浦仕舞」という呼称を(ヨソモノにも意味が通じやすいことから)借りたのではないか。

●漁村という共同体と、自衛隊という組織
上の段で紹介した記事の中、時事通信は「浦仕舞」を「気持ちの整理を付ける慣習行事」だとして紹介している。
古来のみなしでは、漁村の海難に関わるしきたりを「気持ちの整理を付ける慣習行事」などという解釈で語りはしないだろう。誰が、このような「気持ちの整理」的な現代的解釈に持っていったのか。
千葉の漁民自身がそう語りなさったのか?
ではなく、外部から「気持ちの整理」的な解釈で報道表現したのだとしたら、そうとうな無粋になりかねない。
今世紀に入ってからは、葬式などの儀式の存在意義について、それは「心のけじめをつける」効果があるがゆえに行われるイベントなのだよ、として解釈することが多くなってきた気配。(ごめんよ自分もその一員だが)
「心のけじめを付ける」儀式。
「気持ちの整理を付ける慣習行事」。
葬式はなんのためにあるのか。
荒ぶる悲劇に見舞われたときに、どうすれば皆が救われるのか、経験から編み出された儀式たちだよ。
どう対処すればよいか、そのときにはこうするものだと「段取りを共有する」んだよ。
個人の機能の回復を早め、共同体の危機をも救う、そのために存在する儀式なんだよ。
そういう「機能的」な解釈、みなし。
で、その路線でお説きになる下園壮太氏は、なぜか防衛庁のカウンセリング担当出身なのだ。
つまり、自衛隊のカウンセラー。
すなわち、個人と組織を効率よく回すテクニシャン。
そうしてみてくると、このたびの「浦仕舞」は・・・
「浦仕舞」を行うはめになるひどい悲劇が、自衛隊が効率よくまわっていないがために引き起こされ、行われた「浦仕舞」が、自衛隊関係者が説く「気持ちの整理を付ける行事」的解釈をされるという皮肉。
なんなのだ。

堕落し機能不全を起こした組織・自衛隊と、高潔な共同体・「浦仕舞」で始末をする地元民。
「浦仕舞」から見えてきたものは、今まだ、彼の地には「お互いに死後がわかっている、了解しあっている」という高潔さが生き残っているという希望の図だ。
実際に自分がどうなるか、それはどうでもいい。
問題は、事故後になすべきことをお互いにどう了解しあっているか、だ。
万が一、自分の身に何かあったときに、家族親戚縁者仲間は、こうして哀しんでくれる。あとはこのように始末してくれる。
万が一、彼の者の身に何かあったときに、彼は我々がこうすることを知っている。こうすることを了解している。お互いに了解している。
儀式以前に、共同体の中で、お互いの中で、何かあったときには「我々は」こうするのだ、という了解が常から確立している。
それがあるからこそ、「浦仕舞」は成立する。
ぽっと借り物の「浦仕舞」をやっても意味はない。あずかり知らない勝手な儀式をやられても、それは物言わぬ彼の人の尊厳を踏みにじるだけだ。
姿を消した父さんと青年は、共同体に所属する者としての役割をきっちり果たしていた。困窮者に魚を届けていた青年。共同体に所属する者としての、一人前の者としてのお約束の遂行。社会的構築に耽溺していてもいなくてもかまわない、敢えて、ひとつの構築に沿ってお互い了解の上でふるまう、そういう義理の完遂、人情、高潔さ。地元のゲームを完遂して生きる。
「浦仕舞」は、その高潔さを際だたせる。
周囲に属せない存在になるように教育・馴致される世代たちには、この高潔な義理の世界はわかるだろうか。
テレビゲームしかり、進学校しかり。地元の共同体からはかけ離れた世界観・価値観を刷り込まれ、ネットの向こうに「理解者」を夢見るお子たち。
殺人事件しかり、悲劇の事故しかり。いつまでも、どこまでも、お互いの了解をつかめずに、浮かばれないからと死者を荒ぶったままに引きずり続ける被害者。
ごめんよ、無粋だったね。

![[ EP: 科学に佇む心と身体 ]](http://homepage1.nifty.com/NewSphere/transparent.gif)







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